TAISEI NO MADO

アラフォー主婦 あの手この手

松っちゃん問題に思うこと

昨年末からダウンタウンの松っちゃん問題が旋風を巻き起こしている。

 

私はダウンタウンドンピシャ世代。

感度の高い、小6ぐらいから中学生時代を "ごっつええ感じ" を観て過ごした。

親は凄く嫌がっていたな。

こんなおもろいのに何があかんねん!

と、心の中で反抗してたな。

 

昨年の初冬、友人となぜか "ごっつええ感じ" の話になり

「今は観てられへんな。しんどいわ」

「親が嫌がってたのがわかるわ」

と、話していたばかり。

 

自分が大人になり、子を持ったからなのか

時代の流れなのか。

あの時、ただただ子どもだったからなのか。

 

あの番組、ダウンタウンがブームになったあの時に、私が大人だったら面白かったのかな?

やっぱり今と同じ嫌悪感を感じていたのではないかと思う。

とすると、子どもの私達はかなりの際どいラインを、 ”おもしろい” と思い込んで過ごしてきたのだろう。

 

今回の告発をした女性の事や、事件?出来事?の事をとやかく言うつもりはない。

ただ、女性の気持ちはよくわかるな。と、思った。

 

そういう状況に陥ってしまった自分に対する不快感や自己嫌悪。

確実に自分の何かを削ってしまうような。

しょうがないと平気な振りをしても、何もなかったように生活をしていても、治らない逆剥けのように、ずっとそこにある痛みや不快感。

 

あれは、嫌だったんだ。ちゃんとそう思っていいんだ。言っていいんだ。

 

それを行動で示してくれたんじゃないかと思う。

 

松っちゃんの問題は、地位や権力やお金様々なことが絡んでよくわからない事になっているけど、全く関係ない話ではない。

大なり小なり、性的にしろそうじゃないにしろ、そこら辺に転がっている話しだろう。

 

自分を大事にする。

それは完全に自分を守る、という事だけではない。

意図しないこともある。守りきれない事もある。

若気の至りや、そうせざるを得ない自分の中の問題もたくさんある。

いろんな事がある。

 

だから、 自分を責めない事  自分の声を聞いてあげる事   それが自分を大事にする一歩になるんじゃないか。

 

自分を責めることは、他者を責めることと同じだけ簡単なんだ。

矢印が人に向くか、自分に向くか。それだけだ。

 

自分に起こった事、感じた事 それを受け止める。

ジャッジはしなくていい。

そんな物は、後からいくらでも考えられる。

 

40歳を過ぎ、今までの息苦しさ 生き難さは自分を責め続けていたからだ、と気づき始めた今日この頃。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日のいち捨て

 

 

 

 

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8~9年前にマザーズバックとして使っていた トートバッグ

その後も仕事に使っていた 

お疲れ様でした

今までありがと☺